2014-07-26

『人間の復興と原発廃絶』、全うな命名ですね

殺人知事として名高い現職佐藤雄平が再出馬とも伝えられていますので、是非頑張って欲しいものだと思います。滋賀県でもそうでしたので、民意を代表する知事を当選させてください。
『知事選に独自候補を擁立へ 原発ゼロの政治団体』 【7/23 福島民報】

「即時原発ゼロ」などを訴える県民有志は22日までに政治団体「人間の復興と原発廃絶!ふくしまスクラム」を設立した。10月9日告示、26日投開票の知事選で、独自候補擁立を目指す。

共同代表の佐々木慶子さん(福島市)と小原直樹さん(喜多方市)は同日、県庁で会見し、8月末までに候補者を選考すると発表した。県民が主役の県政、即時原発ゼロ、自然エネルギー社会の実現、県民の健康最優先などを掲げている。

2014-07-25

セシウム再飛散(悲惨)

東電は、恐らく過少でベクレル数を発表してはいますが、再飛散に関する謝罪の声は報じられていませんし、恐らく補償もまともに行う気はないでしょう。3年以上経過して、まだがれきの処理ができていないというのはいったいどういうことでしょうか。排水や再臨界回避のために手が回らないということでしょうか? こんな感じですね。

  1. 今電力に高い金を払っているのは、そこからしか買えないからであって、汚染を容認している訳ではないことをベースのところでもういい加減認識したらどうでしょうか
    → しかもフクシマでは民度の低い東京人の電気だし…
     
  2. こんな状況だと解っていて子どもを住まわせる親は鬼でしょうね
    → 不動産や職が惜しいために留まるのは親の勝手ですが、巻き添えは勘弁でしょう
     
  3. ずーっと相変わらす食品側で測定しているのはセシウムだけですが、ストロンチウムを始めとする他の核種も当然飛散している訳で、空気中に漂い移動しながら肺に付着したり、骨に永住される恐怖も、見えないから無かったことにしているのですよね

『がれき撤去で飛散 1兆ベクレル超と推定』 【7/23 NHK NEWSWEB】

東京電力福島第一原子力発電所で、がれきの撤去作業で飛散した放射性物質が福島県南相馬市の一部の水田を汚染したおそれがある問題で、東京電力はこの作業で1兆ベクレルを超える放射性物質が飛散したとの推定結果を明らかにしました。

去年、福島第一原発から20キロ余り離れた南相馬市の一部の水田で収穫されたコメから、国の基準の1キログラム当たり100ベクレルを超える放射性セシウムが検出され、原因の1つとして、去年8月に3号機で行われたがれきの撤去作業で飛散した放射性物質が風で運ばれたおそれが指摘されています。

この問題に関連して、東京電力は飛散した放射性物質の量が1時間当たり2800億ベクレル、全体では1兆1000億ベクレルに上るとの推定結果を23日開かれた原子力規制委員会の専門家会合で示しました。

福島第一原発では、現在も1時間当たり平均で1000万ベクレルの放射性物質が放出されているとみられていますが、今回の推定結果はがれきの撤去作業で飛散した放射性物質の多さを改めて示しています。

福島第一原発では近く1号機でもがれきの撤去を行うため建屋を覆うカバーの解体を始める予定で、確実な再発防止策と地元への説明が強く求められています。

2014-07-24

フクシマ慰謝料訴訟

東電の言っている『財物損害の中に慰謝料的要素を含めるのは、損害を二重に評価することになる』などというのは、どう考えてもオカシイですよね。物だけ賠償すればそれでお終いという厚顔無恥なブラック企業は、やはり破綻処理して、まだまし(?)な国が賠償すべきだったのでしょうね。『原発事故で傷つけられた人々の代表的な戦い』であるだけに、目が離せません。
『「古里喪失」責任問えるか 原発事故慰謝料訴訟』 【7/22 河北新報】

福島第1原発事故で避難を強いられた福島県民ら354人が、古里を失った精神的苦痛に対する慰謝料などを東京電力に求めた訴訟の審理が福島地裁いわき支部で行われている。古里喪失の慰謝料を全国に先駆けて求めた訴訟だ。原発事故は固有の文化や伝統など地域の財産を破壊し、コミュニティーを分断した。焦点は原発事故特有の被害について法的責任を問えるかどうか。同種の訴訟は各地で提起されており、審理の行方は影響を与えそうだ。(福島総局・横山浩之)

◎原告、人格発達権と平穏生活権の「侵害」と主張 東電反論「損害二重に評価」

原告側は一律1人2000万円の古里喪失慰謝料を求め、2012年12月に提訴した。併せて月50万円の慰謝料や避難先での住居の再取得費用なども賠償対象とした。

原告側弁護団が、古里喪失慰謝料の法的根拠に据えるのが「人格発達権」と「平穏生活権」だ。

長い歴史を経て形成された地域社会は、個別の土地建物などの賠償に還元できない固有の価値を持つ。原発事故により、そこで過ごすはずだった人生の発達可能性が奪われ、「人格発達権が侵害された」と弁護団は主張する。被ばくの不安や先行きが見えない焦燥感により「平穏な生活も失われた」と訴えている。

原告の年齢は幅広く、避難前の住所も広範囲に及ぶが、喪失感は共通する。金額を均一にするため、交通事故の後遺症の慰謝料は年齢より障がいの等級が基準になることを参考にした。

6月18日の口頭弁論で、杉浦正樹裁判長は「避難に伴う慰謝料などと別に請求する基準は何か」「共通する損害はどの事実で認定できるのか」と原告側に問い掛け、原告側の認識との隔たりが浮き彫りになった。

原告側弁護団の笹山尚人事務局長(第二東京弁護士会)は「一人一人の事実を意見陳述や意見書で分かりやすく伝えていく。どう受け止めるかは裁判所の判断だ」と話す。現場検証を求めているが、提訴から2年半以上過ぎても裁判所は判断を留保している。

東電は準備書面で「財物損害の中に慰謝料的要素を含めるのは、損害を二重に評価することになる」と反論している。

同種訴訟は各地の裁判所に提起されている。3月3日には南相馬、双葉、富岡、浪江の4市町から宮城県に避難した58人が、東電と国に古里喪失慰謝料として1人4220万円の支払いを求め、仙台地裁に提訴した。

避難している福島県民は13万6000人(2月時点)に上り、同種訴訟は拡大する可能性がある。笹山事務局長は「原発事故で傷つけられた人々の代表的な戦いだ」と意義を強調する。

◎金ではなく怒りと意地 一方的賠償納得できぬ 原告団

原告団事務局長を務める主婦金井直子さん(48)が埼玉県所沢市から福島県楢葉町に引っ越してきたのは1996年3月。小さな町だったが、豊かな自然に魅せられた。

町には小学校が二つ、中学校が一つしかなく、2人の息子は町の子どもたち全員と同級生か幼なじみ。PTA活動などに参加し、友人が増えた。家族ぐるみの付き合いでバンドも結成した。06年に自宅を新築し、充実した生活を送るはずだった。東京電力の関連企業で働いていた知人もいたが、原発には特に興味も関心もなかった。

福島第1原発事故でいわき市に避難し、同市内の借り上げ住宅で家族と暮らしている。訴訟では慰謝料を請求しているが、金が欲しいのではない。東電に対する怒りや避難者の意地が2000万円という金額になった。

自宅に向かう途中、道路脇に見渡す限り除染廃棄物の収納袋が積み上がっている。「もう戻れない」と思うと、自然に自宅から足が遠のく。台所の冷蔵庫に張ってあるのは2011年3月のカレンダー。時が止まったままだと感じる。

福島県川俣町議の菅野清一さん(63)は原発事故前、川俣町山木屋地区に住んでいた。同地区は町内一の農業地帯で、農繁期は近所同士助け合って農作業をした。訴訟では山木屋地区住民らを束ねる原告団長を担う。

避難指示が解除されても、元の暮らしは戻らない。歴史が形作った地域が解体され、金に換算できないものを失った。加害者が一方的につくった制度で賠償が決まることに納得できず、訴訟に参加した。

経営する映像制作会社で、原発事故前の地区の営みと荒廃した現状を撮った写真を集めた。口頭弁論で紹介しようとしたが、裁判所は許可しなかった。将来のために、除染作業などを記録する活動を続けている。

2014-07-23

週刊新潮を廃刊にすべきでしょ (3) これ多分ホントでしょうね、それにしてもヒドい週刊誌ですね

そりゃ、こんな週刊誌への記事提供なんてしていたらおかしくもなるというものです。事故直後から廃刊に値する記事を載せてきたのですから、その量刑はいかばかりかと思いやられます。甲状腺ガンになった18歳以下のフクシマ在住の少年・少女にどう補償するのでしょうか?
『“原発事故は無害”と報じたあの週刊誌の女性記者が描く苦悩とは』 【7/21 リテラ】

未曾有の災害をもたらした東日本大震災から3年半。この間、多くの関連書籍が出版されているが、そんな中で異色のノンフィクションが出版された。

本のタイトルは『境界の町で』(岡映里/リトルモア)。大手週刊誌所属とおぼしき女性記者が、原発事故取材時の体験と思いを描いた作品だ。しかも、この中では「原発は人体に影響がない」という記事を掲載した週刊誌で働く苦悩、その編集部の意外な実態も明かされている。

ただ、この作品は原発事故の詳細を追ったルポルタージュや週刊誌の内幕暴露本ではない。
「私という人間は、誰からも必要とされていない、誰も必要としていない。それは震災で浮き彫りになった」

自らの心情を吐露するこんなプロローグからもわかるように、その内容はむしろ、私小説的なノンフィクションといったほうがいいだろう。

未曾有の災害で、多くの人々が家族や友人の安否確認に走る中、「誰からも心配されなかったし、誰からも探してもらえなかった」33歳の作者は、原発事故渦中の福島に行き、ある30代の原発作業員であり若い衆を取りまとめる“彼”に出会う。“彼”から話を聞き、メディアの人間が誰も入ろうとしない警戒区域にも一緒に行く中で、自分を受け入れてくれた“彼”に作者は次第に惹かれていく。

連日ツイッターで「死にたい」と書き込む作者に“彼”が聞く。「なんで死にてえの」「私も普通じゃないんだと思います。なんで自分は死なないで生き残っているのかなあって」「お前、死にたいなら俺が殺してやっからよ」。

そんな会話の後、作者は“彼”に言う。「会ったときから好きなんです」と。

自分の心情を赤裸々に描き出した、まるでロードムービーのような震災ドキュメント。だが、興味深いのは、その福島での日々と、「週刊誌記者」としての日々のギャップだ。

自分の目で見た原発の街の様子、そしてそこで暮らす人たちの本音──。しかし、東京のメディアでは何事もなかったように日常が戻りつつあった。「福島に通うにつれて、東京に私の居場所はなくなってしまった」ように感じた作者は、次第に体調に異変をきたしていく。そして、「野田佳彦総理大臣が原発事故収束宣言をした」2011年12月16日から、作者は「会社に行くことができなくなり家に閉じこもって」しまうのだ。

当初は仕事で福島入りした作者が、次第に「記者の仕事に全く意味を見出せなく」なっていたという。理由のひとつが「週刊誌」のスタンスだった。

「私のいる編集部の編集方針は『原発事故による人体への影響は大したことがない』というものだった」

その理由は「東京の放射線量が事故前より数倍になっていても、原水爆実験を行っていた1960年代の空間線量に比べたら低い数値だし、内部被ばくも時間が経てば放射性物質のほとんどが対外に排出される」という理屈からだ。しかし作者は疑問だった。
そう記事に書いている編集部員の妻子の多くが、関西に避難していることを私は知っていた」からだ。

いったいこの週刊誌というのはどこなのだろうか。作中では明記されてはいないが、そのヒントは作者が担当した仕事の描写にあった。原発事故から少したった6月に作者に与えられた業務は「衆議院赤坂議員宿舎の近くにあるラーメン店舗前にカメラマンと張り込み、議員がラーメンをすする姿をパパラッチする」ことだった。そして偶然撮影できたのは、当時の官房長官だった枝野幸男。そして当時、枝野官房長官が妻と子ども2人とラーメンを食べる写真が掲載されたのが「週刊新潮」だった。

また、作者のいう原発事故に対するスタンスも「週刊新潮」と合致する。当時「週刊新潮」が「『放射能』という集団ヒステリー」(2011年4月21日号)などの特集で放射線の影響はほとんどないという主張を繰り返し、その後も原発再稼働に積極的姿勢を見せていることは周知の事実だ。

いずれにしても、この週刊誌の原発へのスタンスが、現場の「記者」でもある作者を追いつめていった様子が伺える。しかも「震災後3ヶ月が過ぎようとする頃には、記事の作り手は原発事故や震災という『ネタ』に飽きていた。被災地に関する記事が激減した」。

そして、一方の作者は「震災の揺れのまっただ中にいるままで、日常生活に戻ることはできなかった」のだ。
「私が発病したのは3度目の3・11からひと月ほど経った、桜の季節のことだった。私は躁うつ病(双極性障害)を発病した」

彼女のこうした苦悩は、企業に忠実なサラリーマン記者からは「メディアの現場なんてそんなもの、作者はあまりにナイーブすぎる」と一笑に付されるかもしれない。あるいは、フリーのジャーナリストからは「信念をつらぬきたいなら会社を辞める覚悟をもて」と批判されるかもしれない。

しかし、多くのメディアが莫大な広告料をもらい原発推進の片棒を担いでいる一方で、その編集方針に違和感を感じ、もがいている記者もたしかにいたのだ。本書はそんな当たり前のことを改めて知らしめてくれる一冊だったといえるだろう。

作者は未だ週刊誌の現場には復帰していないという。
(大久保一太郎)

2014-07-22

LG G3 Cat.6

blogofmobileからの情報です。多分現時点の最強モデルなのでしょう。7/25に韓国で発売とか… 日本にも投入して欲しいものです。食指が動きますね。

筆者から見て気になる主なスペックは以下のとおりです。

  • チップセット:Qualcomm Snapdragon 805 (APQ8084)
  • CPU:クアッドコアで動作周波数が2.7GHz
  • ディスプレイ:約5.5インチWQHD(1440*2560)IPS液晶
  • 通信方式:FDD-LTE/W-CDMA/GSM方式に対応
  • 韓国の移動体通信事業者が提供するブロードバンドLTE-Aでは通信速度が下り最大225Mbps/上り50Mbps
  • システムメモリの容量:3GBで、内蔵ストレージの容量が32GB
  • 電池パック(取り外し可能)容量:3000mAh

2014-07-21

前富岡町長の死

昨年の選挙で敗れたのはもともと原発推進だったからでしょう。昨年のダイヤモンドオンラインの記事からは、低線量地域にも人を呼び返そうとしていたようですが、被曝後郡山に移り住んでもやっぱり死因はガンですね。
『前富岡町長、遠藤勝也氏死去』 【7/21 ロイター】

東京電力福島第1原発事故で全町避難となった福島県富岡町の前町長、遠藤勝也(えんどう・かつや)氏が20日午前9時23分、上顎歯肉がんのため福島県郡山市の病院で死去した。74歳。福島県出身。

東電福島第2原発が立地する富岡町の町長に1997年就任。昨年の選挙で敗れるまで4期16年間務めた。

2011年3月の福島第1原発事故で町役場と全町民が避難を強いられ、富岡町の自宅を離れ郡山市で生活していた。
そんな前町長も同じくダイヤモンドオンラインでは以下のようなことを言っていました。

――対談 富岡町長・遠藤勝也×社会学者・開沼博』 【13/7/2 ダイヤモンドオンライン】
(前略)
遠藤 発災後6年は町に帰れないという宣言をしました。ただし、除染やインフラの復旧が、国が示しているロードマップ通りに進むのかは疑問です。除染自体、当初の計画より1年遅れていますから。仮に6年後に除染が完了しインフラが復旧したとしても、我々が健康面で大丈夫だという安全・安心の確保ができればいいですが、そこがまったく不透明なんですね。

その辺を慎重に分析しながら、その時期を町民に発信するかがこれからの課題です。国としても、今後の工程表も含めた正確な情報と、放射線量が何年後には安全になるという医学的・物理的な知見による判断を、責任をもって発信していただきたい。しかし、これがなかなか出てきません

(後略)

2014-07-20

思いっきりブラックな電力会社という犯罪組織

公共と言われるサービスを提供するのは大変なんですね。クロそのもののpracticeを続けているのは中電だけではないでしょう。その金は巡り巡って電気料金の値上げに繋がり、役員を始めとする社員への報酬・給与という形で分配されているのでしょう。サービスの受益者はホントに馬鹿にされているということなのです。やはり電力会社も役所ということです。あー汚らしい。
『(原発利権を追う)知事選は建設会社、便利な裏金だった』 【7/20 朝日】

中部電力(本店・名古屋市)で政界対策を担う秘書部の幹部を長く務めた元役員は取材に対し、当事者しか知り得ないウラの活動の詳細を淡々と語った。

 「私がやってきたことは社内でも一握りしか知らない」

記者が元役員に初めて接触したのは昨年12月末だった。今年6月末まで取材は15回、30時間を超えた。毎回、取材を終えて元役員の発言について調べると、10年以上前に会った人物を含めて氏名の表記や読みはいつも正確だった。会った場所や当時の様子も詳細で、相手の人柄や趣味も事細かに記憶していた。「元役員は社内では頭の切れる緻密(ちみつ)な人物という評判だった」(中部電元幹部)という。

秘書部の業務はベールに包まれている。社長や会長の財界活動の補佐や幹部人事の策定に関わり、政治家との窓口も務めた。「秘書部は政界対策を担い、社内で隠然たる力があった」(中部電元首脳)という。

元役員が最初に記者に打ち明けたのは、社の交際費から合法的に支出した「オモテの金」の使い道だった。

電力各社は1974年に自民党への企業献金廃止を決めたが、自民党の政治資金団体「国民政治協会」への献金は幹部社員による個人献金で続いた。中部電は「個人の判断で、会社としては関知していない」と説明してきたが、元役員はそれがごまかしであることをはっきり認めた

「肩書ごとに決められた定額を、会社が給料から引き落とすなどして徴収し献金させていた。そこに個人の意思はなかった」

政治資金収支報告書に残らない形で自民党有力議員のパーティー券を購入したこともあったという。
   「グループ企業だけでなく、大手建設会社にも協力を仰いだ」

企業献金廃止の業界ルールを完全に破っていたことも明らかにした。

「首相や首相経験者、東海地方の国会議員側に夏と年末の2回、100万~300万円を議員会館や個人事務所に持参した」

一方、政界対策費を建設会社に工面させる「ウラの金」の存在を記者が聴き出すのには時間がかかった。

詳細を尋ねても言いよどむことが続き、雑談だけで終わる取材もあった。核心を口にしはじめたのは、8回目の3月末のことだ。

県知事選で配る金は建設会社に作ってもらった。中部電として使う金を建設会社に用意してもらったということ。便利な金だった」

建設会社が工面した金は会計帳簿に記さず、税務申告もしなかったという。領収書が不要で存在するはずのない金は足がつかず、使い勝手が良かった。

  「裏金を管理することは税法に触れるとわかっていた」

この日から裏金の使い道を元役員に繰り返し尋ねるとともに、当時の関係者への裏付け取材を並行して進めた。4月末には、裏金を工面し続けた建設会社の元幹部が「中部電から協力を依頼されるのは信頼の証しだった。断る理由はなかった」と認めた。

知事選の告示前に「自由にお使いいただけるものでご支援したい」と電話を入れ、数百万円の裏金が入った紙袋を自ら渡す。授受場所は知事宅やホテルのロビーなど。やりとりは5分程度。礼を言われると、すぐに辞去する――。証言内容は常に詳細だった。

「選挙はいろいろと金がかかる。自由に使えるカネは喜ばれた。国会議員と違い、知事は資金集めに困っている人が多かった」

記者は元役員に実名証言を依頼してきたが、証言が「ウラの金」に及び、「実名だけはさすがに勘弁してほしい」と固辞された。元役員は個人的な感情はほとんどはさまず、事実関係を淡々と語り続けた。自らが関与した不正を明かした理由について「言葉にするのは難しい」と言い、顔をしかめて続けた。

「裏金を扱う仕事はブラックボックス。とても嫌だった。でも、電力会社が裏金を使わずに済む時代が来るとは思えない

元役員が証言した裏金問題は、刑事事件としての時効が成立している。(砂押博雄、板橋洋佳)
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〈中部電力〉 1951年設立、資本金約4307億円。愛知、岐阜、三重、長野の4県と静岡県の中西部に電力を供給する。電力10社のうち売上高は3番目。同社唯一の浜岡原発は76年に運転を始めた。